history of だい&ちぃ Feed

2012年7月31日 (火)

大地的故事7 たあちゃん すなおくんになる

お泊まり慣らし保育
ちぃが戻ってきて1ヶ月の頃、お世話になっていた日本語教師養成講座でお世話になったS先生から声を掛けられた。「ねこちゃん どうなりましたか?黒い子をうちの子にしたいんですけど。素直君って名前も決めています。」
いろいろお話を聞くと、3歳のぴょんこちゃんというキジトラの猫の弟にと考えているそうだ。条件があって、猫エイズなどの病気がないこととトイレのしつけが出来ていること、マンション猫となるので外では遊ばせないことだった。トイレは大丈夫なので、次の予防注射の時に血液検査もした。結果はマイナス。これでたあちゃんが素直君になることが決まった。
ただし今すぐにというわけではなかった。ぴょんこちゃんとの相性も見たいし、ちょうどS先生のお住まいのマンションがペンキ塗り替え中でそれが終わってから正式に引き取りたいとのこと。それまでは週末にS先生宅へ行って日曜日の夕方我が家へ戻るというお泊まり慣らし保育をすることになった。さっそくその週末S先生とご主人がこられた。挨拶もそこそこに3階の猫部屋に案内する。だいは大喜びで寝そべってお腹を見せてゴロゴロのどを鳴らし、ご主人になでなでしてもらった。たあちゃんも怖がることなく抱っこしてもらったりなでてもらったり。さっそくお気に入りのおもちゃをもって連れて帰られた。
その翌日の夕方、たあちゃんは戻ってきた。ぴょんこちゃんは大きくなってからお二人の家族になったので、子猫らしいところは見ていなかったそうで、お二人とも大喜び。「すーちゃんは賢くて、トイレと水飲み場を教えたら一度で覚えた」「なんでもおもちゃにして1人遊びをしてそれがまたかわいい!」「子猫ってこんなに遊びまわるんだったっけ?自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回っていた…」「ぴょんこちゃんに甘えに行った」etcetc。ただぴょんこちゃんはご機嫌最悪でご飯も食べず、ウーウーうなりつづけているそうだ。どうなるたあちゃん?

お引越し
Dajia それから週末毎にS先生のお宅に泊まりに行くこと数回。相変わらずぴょんこちゃんのご機嫌は悪く、たあちゃんがいるときはご飯を食べない、たあちゃんがいなくなるとのびのび振舞っていると聞いて、コレはもうだめだと思っていたら、「今度の週末に迎えに来てそれでそのままうちの子にしようと思います」とおっしゃった。ほっとするも一抹の寂しさが。
そうして遂に10月30日、たあちゃんがいつも食べている猫缶と新しいカラフルな羽根で作った尻尾のついたねずみのおもちゃを袋に詰めてお引越しの準備完了。記念撮影をして「立派なお婿入りのお支度ありがとう」といわれて新しいパパとママといっしょに車に乗って行ってしまった。
こうしてたあちゃんは素直君となった。

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これでHPからの記事の紹介はひとまず終了です。

たあちゃんが素直君となって新しいおうちへお引っ越し後 1年ほどしてから遊びに来てくれましたが、ちぃは一目散に逃げ、だいちゃんは体を膨らませて威嚇。

素直君はこのおうち知ってるにゃとばかりに3階まで登っていき置き場所を変えていなかった猫トイレを悠然と使って帰って行きました。

また機会があったら 古い記事を紹介しますね~。久しぶりに読み返して おお!そうであった!と思い出にふけっております~。

2012年7月30日 (月)

大地的故事6 だい&ちぃの兄弟猫はたあちゃん

初代たあちゃん
今から25年ぐらい前、掌に乗るぐらいのハチワレの子猫(ただし足は真っ黒で先だけ4本とも白い)がエサを食べに来るようになった。「足袋を履いてるんだねー」から「たびとくん」と命名。通称たあちゃんとなった。たあちゃんは5歳ぐらいのとき風邪をこじらせて亡くなった。

たあちゃんが来た
だから空き地で3匹の子猫を救出したとき、白黒パトカー猫は自然とたあちゃんと呼ばれた。だい&ちぃには内緒だけど、本当はこの子を手元に残したかった。たあちゃんはなかなかのハンサム猫だ。ただ胸に大きな黒いスポットがあって、ちょっと間抜けな印象。

チャレンジ精神旺盛
猫を家の中で初めて世話して念願の猫と一緒に寝るを実行したとき、布団の上に来たのはたあちゃん。(後にちぃも来るようになった)
日中の遊び場は2階のバルコニー。ある日Jさんが「こいつこんなとこに乗ってるぞー」と驚いている。バルコニーの手すり(床から96cmの高さ)の上にちょこんと座っていた。それから数日後だい&ちぃもできるようになった。
ある日の夕食時、外で猫の鳴き声がしていた。「どっかの猫がきてるんだな」と考え、夕食後バルコニーへ行ったらたあちゃんがいない!えっと下をのぞくと、猫の鳴き声。急いで玄関を開けるとたあちゃんが入ってきた。2F手すりの上から1Fへ飛び降りたんだろうな・・・。度胸満点の男の子だ!

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写真講座に入って初代キスデジ(KissDN)持って遊びにいかせてもらって撮影。

このときでもう7歳だったんだね~。

だい&ちぃの血筋はどうも大猫の血が流れているようですにゃ。

2012年7月26日 (木)

大地的故事5 名前の由来

どうしてぼくらは大地なんにゃ?

1999年7月20日の夕方 猫を3匹(茶トラ2匹と白黒1匹)保護したとき1匹だけ手元に残して「まお」と名づけるつもりだった。どの子が残るかわからなかったのであえて名前はつけずにいた。しかし世話をしているうち仮名でもないとやりにくいと判明。2匹の茶トラは骨太で重いほうを「だい」華奢な方を「ちぃ」と呼ぶことにした。白黒猫は以前いた子に似ていたので「たあ」と呼んでいた。

たあが新しいおうちに引っ越した時、だいとちぃのどちらかを手放すのはどうしてもイヤで2匹ともうちの子にすることに決定。正式に命名しようと思ったとき既にこの子達は自分の名前がそれぞれ「だい」「ちぃ」だと覚えてしまってたのだ。いまさら他の名前では呼べない。もっとかっこいい名前にしたかったのに・・・。

地面の下から救出した子、大地の子だから、せめて漢字は「大&地」ということにした。

そうそう、もらわれて行った白黒猫は砂男くんとなり・・・、あっ間違えました。

素直君と呼ばれてかわいがってもらっています。

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Photoなつかしいけれどボケボケ写真コーナー

勝手に木の上まで上っちゃって困惑中~。

とりあえずかあしゃんは家に戻り2階の窓から撮影。

そして梯子を出して必死で救出したのであった。

2012年7月24日 (火)

大地的故事4 里親探し

家で飼えるのは1匹だけ

3匹の♀の赤ちゃん猫を保護したとき1匹は我が家、もう一匹はJさん実家、残りの1匹はJさん弟宅で飼えばちょうどよいと思ったのだが・・・。
当時Jさん父は手術後退院したばかりでアニマルセラピーにもちょうどいいと思ったが、父自身がわずらわしがって挫折。Jさん弟宅の姪っ子が動物好きで前からペットを飼いたがっていたがなんと動物アレルギーがあって飼えないとのこと。結局里親さんを探すことになって、心当たりのある友達にも電話したが、いい返事はなし。ポスターを作って酒屋さんや美容院、中国語教室、日本語学校などに貼らせていただいた。

ミニコミ誌に里親募集を依頼

親友のひろちゃんにも相談した。「K氏(ご主人)なぁ、猫あかんねん、子供のころよっぽど悪いことしたらしくて 猫を恐がってるねん・・・」「これは犬!新種の犬!って言い張ったら?」無理な話だ。でも心当たりに声を掛けたり、長男MくんのHPで里親募集をしてくれたり、ミニコミ誌の里親募集に申し込んでくれた(料金も払ってくれてた)。
8月20日配布のミニコミ誌に載るときいたが、早くも前日に問い合わせが1件。うちから車で15分ほどでオス猫に家出されたので今度はメスが欲しいからと電話を下さった。
ところが1週間ほど前に予防注射に連れて行ったらなんと3匹とも♂だと判明していたのだ。その方は「男の子は冒険心が強くて家出するからもうこりごり」ということで不成立。20日にも電話があったが運悪くその日はうちに車がなく連れて行けなくてご破算になったり・・・。結局ミニコミ誌では見つけられなかった。

ちぃ里子になる

Keaidi そのうち日本語学校の夏休みがあけた。学校に貼ったポスターを見て学生の何人かが名乗りを上げた。うちお母さんと同居して庭もある家に住んでいるという好条件の中国人のZさんに1匹もらってもらうことになったのだが・・・。
「おかあさんに許可をもらってね」というと電話をした。聞いているとなんだか「そういうことになったの!もう決まったの!」という感じで一抹の不安が。選ばれたのは一番小さくて写真写りのいいちぃ。一緒にお宅へ送って行き、おかあさんにも挨拶して帰った。帰り道はとてもさびしかった。
翌日日本語学校の講師室でうわさになってたよーっと情報が入った。大丈夫かいな、大学を出るまでの5年ほどはいいとしてその後また「先生に返します」って言ってきそうだetcetc。翌週の授業のときZさんに様子を聞いてみると、とても困っていた。猫を飼うのは初めてで夜行性であんなに甘えたとは思わなかったし(受験生だから勉強しないといけない)、おかあさんの足を思いっきりガリガリしてお母さんを困らせているとのこと。声をかけられてほっとした様子で、わたしもラッキーとばかりに連れて帰ることにした。
いろいろ猫缶など買ってもらっていて随分かわいがってもらえてた。Zさんも5日だけだったけど楽しかったと喜んでくれた。帰ってきたちぃを見てだいもたあも大歓迎だったけど、3日ほどちぃは2匹にふーっと威嚇し続けた。Jさんはいつものように夕食後バルコニーへ見に行って「ワーッねこにゃんが3匹になってるー」とのけぞった。

こうしてわたしは3匹の子猫のおかあしゃんになることを覚悟した。

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えっ?とお思いでしょうが ちぃはぢつは出戻りだったのです。連れ戻しに行って本当に良かった~とつくづく思っています。それにしても ひどいぼけぼけ写真だわ・・・かわいさ伝わるから良いことにcoldsweats02

2012年7月22日 (日)

大地的故事3 トイレレッスン

トイレの躾
お盆休み前から離乳食とトイレの訓練を開始。T先生宅のニャンコはとても賢くて、最初に猫砂の上におしっこをさせて、その臭いを嗅がせて「ここがトイレだよ」っていったら次からちゃんとトイレでするようになったらしい。
でもうちは大変。3匹もいるから、いつのまにかどこかでしている。それでも1週間のお盆休みの間にマスターした。ふやかしたカリカリに粉ミルクをトッピングして置いておくとすこしずつ食べるようになった。
おしっこをさせてミルクを飲ませると3匹で大運動会の始まり始まり。しばらくすると誰かがにゃにゃにゃっと鳴き出し、ウンチ。体が軽くなると前にも増してすごい勢いで走り回る。これあと2回繰り返して一連の騒ぎが収まった。

子猫らしくかわゆくなりました
ずいぶん子猫らしくなってかわいくて、やっとJさんも猫と遊ぶように。夕食後「猫にゃんは?」と言ってバルコニーで1匹ずつ抱き上げては猫迷惑なことに耳をひっくり返して遊んでいた。子猫たちも喜んで喉をゴロゴロ鳴らしていたらしい。
基本的にバルコニーで飼っていたけれど、8月末は夕立が多く、こっそりわたしの部屋に入れてから出勤。帰って来るといない!あれ?っとさがすとスライド式の本棚の奥に隠れて寝ている。3階の西日の当たる強烈に暑い部屋なのに・・・。
こうするうちに1ヶ月が過ぎて、里親探しの記事がタウン誌に載る運命の8月20日が来た。

このページには元写真がないので・・・2000年の夏のツーショットをぺったん

120722b どこにピントが合ってるのやらcoldsweats02

ことのは 写真展2012
最終日の今日は17:00まで。私は16時以降ギャラリーにいる予定です。

ギャラリー アルテ・スパーツィオ 最寄駅は西梅田駅、北新地駅、。大阪駅からでも徒歩6分です。

2012年7月21日 (土)

大地的故事2 最初の週

子猫たち 動物病院へ行く
Milk 3匹の赤ちゃん猫を保護した翌日、Jさん弟宅からハムスターのゲージを借りてきた。ここが新居だよ。ノミでもいたら嫌だからバルコニーに置く。
夕方、動物病院へ連れて行った。生後10日前後。今は母猫から好きなときに飲みたいだけおっぱいを飲む時期なので、せめて3時間おきに哺乳瓶でミルクを与えないといけない(まだお皿からは飲めない)上に、母猫から「鼻詰まり+目ヤニ」体質を受け継いでいるので、2匹は目薬が必要という診察結果。
エーッ!3時間置きにミルク…夜はいいとしてお昼どうしよう。
おしっこのさせ方とミルクの作り方、目薬の差し方を聞いて帰る。

哺乳瓶で授乳
Kago 帰ってから早速ミルクをつくって飲ませる。最後にママのおっぱいを飲んだのはいつなんだろう。よく飲むよく飲む。元気な子で10ccぐらい飲んだ。いちばんちいさな子はその半分ぐらいかな?それから9時半頃に1回、真夜中に1回のませて、翌朝は6時前に起きて1回目。2回目が8時半。それから出勤。Jさん母に「お昼頃1回でいいからミルクやりに来てください。」と鍵を渡してお願いする。でも、2日ほど来てくれただけだった。(うちの湯沸かしポットの使い方がわからないのーと言っていた)急いで帰って5時過ぎ。すぐミルク。それからは8時・10時・12時過ぎにミルク。こういうパターンで育った。
ひどい時は「人間のメシが先やでー」というJさんに従って朝8時半の次は夜の8時半という時もあったけど。それでもすくすく育って、それぞれ1匹ずつ個室を与えた。(ハムスターのゲージとピクニックバスケット2つ)

お留守番猫
うちに来た時からずっとお留守番猫。夕方になるとお腹が空くのかかなり大きな声で鳴いていた。お隣りのおくさんが声を潜めて「このあたりに野良猫が子供を産んだみたいだけど」と言われたので「実はうちにいるんです」「えーっ、3匹も」うちに来た事情を説明した。
暑い時期だったけどいつも3匹固まって団子状態だった。赤ちゃん猫は保温してやらないとダメだとはずーっと後になってから本で読んだ。3匹で温めあえたんだよね。ママのおっぱいが恋しいのか、おしりを吸いあっている・・・!一番小さなちぃがいつもいじめられてるように見えたのでちぃだけ別のバルコニーにつれていったこともある。でもいつのまにかちぃもやられたらやり返すようになっていた。

ことのは 写真展2012
7月22日まで。11:00-19:00。最終日は17:00まで。
ギャラリー アルテ・スパーツィオ 最寄駅は西梅田駅、北新地駅、。大阪駅からでも徒歩6分です。

だい&ちぃへのメッセージを添えた写真を2点 出展しています。

明日は夕方からのパーティに参加するため16時過ぎにはギャラリーに着く予定です。

2012年7月20日 (金)

大地的故事1 出会いは13年前の今日でした 

1999年7月20日、海の日で祝日。

Caodi_2 その日午前中は大雨、午後から雨が上がって梅雨明け宣言が出た。
 夕方私は届け物があってJさん父宅へ向かっていた。途中の草むらで猫2匹の鳴き声をきいた。これはまさしくお留守番中の赤ちゃん猫の鳴き声!どんな子かな~~
 探しても姿は見えない。でも鳴き声はかなり大きい。よく耳を澄ますと地面の下から聞こえてる!!!
 Jさん実家で移植ごてを借りてJさん母と引き返した。通りがかった女子中学生も不思議そうな顔でたたずんでいたので、声をかけ一緒に掘り始める。掘るべき場所はすぐにわかった。草むらにぺゴニアの苗が1つ、不自然に植えられていたから。
 まず漬物石ぐらいの石を取り除き、さらに掘ると小さな足が見えた。ここだ!と今度は手で掘っていくと・・・赤ちゃん猫が3匹出てきた。2匹は大きな声で助けを求め続けていたが、もう1匹はぐったりしていた。
 Jさん実家でじゃぶじゃぶ体を洗うとぐったりしていた子もちょっと身じろぎした。よかった!生きてる!ドライヤーで乾かし、牛乳を飲ませようとしたが、飲めない。子犬を育てたことがあるという女子中学生が指で牛乳をすくい、なめさせるとちょっとだけなめた。
 彼女の家には室内犬が2匹いるしおかあさんは猫が嫌いというので、トマトの箱に入れて我が家に連れて帰ることになった。
こうやって我が家に子猫がやってきた。(写真は3匹を助け出した現場)

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だい&ちぃが我が家にやってきて13年。2003年4月2日に開設したホームページに 大地的故事(だい&ちぃのおはなし)というコンテンツがありました。ホームページはパソコンのメモ帳にHTMLタグで作ったもの。IE7まではこの方法で更新できたのですが、IE8以降はもう作れない、ということもあって休眠中。

その古いデータをこちらにアップしていきます。(写真もそのままです。写真教室に通う前の写真なので笑わないでください)

そして・・・13年も猫と暮らしてきて 子猫はどう扱わなければならないかの知識を得た今見直すと わ~~~よくぞここまで大きく育ち長生きしてくれたものですcoldsweats02

ことのは 写真展2012
7月22日まで。11:00-19:00。最終日は17:00まで。
ギャラリー アルテ・スパーツィオ 最寄駅は西梅田駅、北新地駅、。大阪駅からでも徒歩6分です。

だい&ちぃへのメッセージを添えた写真を2点 出展しています。

フォトアルバム